人 生 後 半 を 楽 し み た い

’26 本帰国 / 12回目の引っ越し・船便1回目

2026年春

目次

日本に帰る引っ越しは2回目

船便1回目の日、老夫婦は6時に起床し、日通さんが来る10時半まで準備開始

既に貼ってあった出すモノ 「SEA」、置いておくモノ「STAY」と書いた付箋を確認 ⇩

前夜は今回船便で出す分の荷物をリビングや船便部屋に移動をもう一度確認 ⇩

20分遅れで日通さんの日本人責任者と共に、アメリカ人3人と日本人1人の計5人が到着

バルセロナ、デュッセルドルフの都会と違って
広いアメリカだと田舎まで来るのが遠いようだ

部屋の様子を見てもらって、今日出すモノ、置いておくモノの説明をして、あとは何もやることが無いので、この記事を書いている

お水は10本用意して置いておいた

あちこちで作業が始まり、居場所がなくなる

どんどん積みあがっていく箱 

部屋の外の廊下はこんな感じ ⇩

16時過ぎまで約5時間の作業で、続きは2回目へ

一体何箱になったのか不明

いずれ日本の小さい家に住むなら、荷物は少ない方がいい

おまけ1

最後の最後に夫がナゼカ買った大きすぎるリクライニングチェア ⇩

オンラインで購入して、開梱せず中身を見ないで引っ越し荷物へ

日本の家のリビングに入ると思えない

おまけ2

日本からドイツに行く時に倉庫行きのつもりが

ナゼカ間違えて船便に入っていた幼稚園時代の子ども達の作品⇩

その他、昔のネガがたくさん ⇩

これらも倉庫で預かってもらうつもりが、船便でやってきた

おまけ3

45才から習い始めた筆耕

パート仕事の合間の月2回、4年半銀座の教室に通った

その時の練習用紙や賞状用紙 ⇩ 重くて嵩張っている

通学して1年後の展覧会では新人賞をもらった

日本からドイツに行く時に船便に入れて持って行った筆耕道具

暇な時間に練習して、いずれはシルバー人材センターに登録して老後の仕事にしようかと思ったりした

けれど、ほとんど練習なんてしなかった

電子ピアノも船便で持って行ったのにほとんど弾かず

電子ピアノはアメリカに来てから処分したし ⇩

筆耕道具も用紙も、何日も迷いに迷って捨てた 

スッキリした

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