人 生 後 半 を 楽 し み た い

どうでもいい話 昔の毛染め 備忘録

バルセロナに転勤する頃

当時は茶髪の出始めだったか

まわりで染めている人はいなかった

 

バルセロナに到着し

翌朝パン屋に行った時の事 

パン屋の若い優しいおばさんは

格好いいショートヘアの金髪だった

 

パンを袋に入れる時に後ろを向いた

その若い優しいおばさんは

ショートヘアの段がついている下半分は

ダークブラウンだった

 

あー?この人は

お父さんがダークブラウンで

お母さんが金髪の人なんだ

で、混ざってこういう髪の色なんだ

2色になるんだ 

と勝手に思った

 

バルセロナに行って

しばらくは白髪を子ども達に

1本1円で抜いてもらっていた

まだそれほど無かった

 

しばらくしてから

パン屋の若い優しいおばさんの

本当の髪色はダークブラウンだとわかった

 

バルセロナには2色の髪型の人が

たくさんいたので気がついた

染めた金髪が伸びていただけの事だった

それくらいバルセロナでは

染めている人が多かった

 

それより

お父さんがダークブラウン

お母さんが金髪、、、って

本気でそう思った当時の自分にビックリする

 

30代半ばなのに白髪が増え始め

どうにもならなくなったので

美容院で染めてもらうことにした

 

いつも行っていた近所の美容院

peluquería ペルケリア

 

日本のような丁寧さはない

なんといっても

洗髪の椅子がフラットにならず

後ろに斜めになるだけなので

シャンプーを流すお湯が首元から

入ってきて服が濡れてしまう

けれどそれが普通

なので美容院に行く時は

いつも濡れても良いぼろい服で行った

 

髪を切る時は

人差し指と中指や薬指をくっつけて見せて

指2本分?3本?どうする?と

どれくらい切るのか聞かれる  

 

2 dedos por favor

ドス デドス ポルファボール

指2本分プリーズ

とお願いする

 

その当時、カラーリングは

メッシュが流行っていて

mecha(メチャ)と言ってお願いした

色は濃い茶色でと言ったら

それでは黒髪の色と変わらず

染める意味がないと言われ

アルミホイルに少しずつ束ねて

カラー剤をつけていき

かなり薄い明るい茶色のメッシュ入りの髪になった

 

それから日本に帰国するまで

ずっと薄茶メッシュの髪だった

 

カットとカラーで

3,000ptsペセタ(3,000円くらい)

だった気がする

 

まだユーロじゃなかった頃の話

  • URLをコピーしました!
目次
閉じる