人 生 後 半 を 楽 し み た い

アメリカ⑨ 来て1か月 コロナ陽性 

熱(38℃)や咳よりも身体が痛いのがツラかったけれど、

食欲はあるし3食作ってちゃんと食べていたので4年前のインフルエンザよりマシだった。

あの時は熱で5日間寝込んで、それ以上に神経痛が悪さする痛みの方が大変だった。

普段から神経痛(勝手にそう呼んでいる)で時々痛くてたまらない日がある。

そういう時は夏でもホカロンで温める。

その頃のドクターに弱いところに痛みが出るんだねと言われたけれど、、、

今回は主に右後ろ頭、首、両腕、両脇、左太腿裏、、、とあちこち神経痛。

これは皮膚がビリビリしているところに、太い釘で一撃される感じ。間隔は数分~数時間といろいろ。

一番不安になるのが、左胸の中を突き刺された痛みの時にビクッとして心臓が止まるかと思う。

その時にいつも思うのは、「あー子ども達に遺言2を送っておけば良かった、、、」という事。

財産も無いのに既に遺言は送ってあるんだけど、もうちょっと付け足したい。

   お墓と遺言

これから年を取って弱った時に神経痛と咳喘息、この2つに気をつけなくてはと思った。

今回、病院に行かずに届けてもらったADVILという薬だけでナントカなったから良かったけれど、、、

油断してはいけない、異国の地で具合が悪くなると大変だ。

⇧ この薬だけでナントカなった。

船便が届かないので血圧計も、ドイツで買ったパルオキシスメーター、葛根湯、ホカロン、扇風機他、

とにかくほとんどの物がまだ船の上。

航空便は16日で届いたけれど、お弁当やキッチンの物などで洗面周りとか長袖の服とか欲しいものが無かった。

早く来ないかな船便、今最低限の物で生活している。

まぁ飲み物、食べ物、薬があればナントカなるのでひたすら待つしかない。

ここは田舎でお店もあまりないし、出前とかあるのかもしれないけれど、よくわからないし、

スーパーのお惣菜も日本じゃないからね。やっぱり日本はいいな。

さすがに温泉に入りたくなった。

温まって神経痛を治したい。

日本の美味しい物食べたい。

ベッドの中で日本行きの飛行機を見ていた。

ここから日本へ直行では行けない、乗り継ぎしないと行けないし、フライト時間も長い、、、行く事を考えただけで大変だ。

この時期、8月終わりになるとユーミンの「晩夏」を聴きたくなるんだけど、勝手なイメージでナンダカ日本の田舎の風景が浮かぶ、、、

ドイツにいる時は日本に帰りたいってそうそう思わなかったけれど、アメリカ来て1ヶ月しか経ってないのに、、、具合悪くなって弱るとね、、、

さすがに日本が恋しくなった、、、。

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